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【週刊】Classic Music Salonへようこそ#11 ~アシュケナージが描くラフマニノフ①<ピアノ協奏曲第4番作品40

みなさんこんにちは。名探偵コナンの劇場版「異次元の狙撃手(スナイパー)」が待ち遠しい三毛猫タマです。
今日は、今回の冬季オリンピックが行われたロシアが生んだピアニスト、ウラディーミル・アシュケナージについて、お話ししたいと思います。

さて、みなさんはアシュケナージというピアニストをご存知でしょうか?
彼はロシア出身の世界的ピアニストで、現在は主に指揮者として活動しています。スイスにある自宅に和室を作ったほどの親日家として知られ、2004年~2007年までNHK交響楽団の音楽監督を務め(現在は桂冠指揮者)、在任期間中に大河ドラマ「義経」「功名が辻」のサントラの指揮も担当しました。
そんな、日本にゆかりの深いアシュケナージ。彼はラフマニノフへの思い入れが深く、現在ラフマニノフ協会の会長を務めています。彼が演奏するラフマニノフのピアノ協奏曲への評価は高く、名演と言われるものも多くあります。

ロシアの貴族階級の一家に生まれたラフマニノフは、1917年12月のロシアのボリシェヴィキ政権が成立した十月革命の際、ロンドンへ亡命をしています。ラフマニノフはその後祖国に戻ることなくこの世を去ります。アシュケナージも、1963年にロンドンへ移住した際、ソ連の公式記録からその名を抹消されました。当時のソ連はアメリカと冷戦を繰り広げており、西側陣営であったイギリスへ出国する行為そのものがソ連に対する裏切り行為とみなされたのです。このように、2人とも、祖国からその存在を消されてしまった経験をしているのです。この経験が、アシュケナージがラフマニノフの作品に思い入れするようになったきっかけになったのかもしれないと、私は思います。

今回は、そんなアシュケナージがソリストとして録音した、ラフマニノフ作曲のピアノ協奏曲第4番作品40を紹介したいと思います。
この曲はラフマニノフがロシアから亡命した後に書かれた、数少ない作品です。ラフマニノフは1917年のロシア亡命後、作曲意欲を失い、しばらくは作品を書くことをしませんでした。この作品も1914年に曲のスケッチを作成したものの、すぐには楽曲の形になることはありませんでした。しかし、ニコライ・メトネルのすすめでアメリカ各地を演奏旅行中の1924年から本曲の創作を再開し、フランス滞在中の1926年に完成させました。この曲の初演後、ラフマニノフは曲が長すぎると考え、第三楽章を中心に大幅な改訂を行います。その後も、何度も曲を改訂し、最終稿が出版されたのは彼の死後の、1944年のことでした。現在演奏されているのはこの最終稿の譜面です。

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今回私が聞いているCDはハイティンク率いるコンセルトヘボウとの共演で録音したもので、これは名盤と言われれいるCDの一つです。第4番は第2番と比べると知名度が低いですが、この曲も大変演奏の難しい曲です。
第一楽章でドラマティックに曲がはじまります。これはこの曲全体を通していえることですが、他3曲のピアノ協奏曲と比べて、この第4番はたいへん激しい旋律が多いということです。なにか激動にもまれるような、というよりは、激しく感情が揺れる様子が表現されているように思います。亡命し祖国を後にする。今では革命が成功し、ロシアが自分が生まれ育ったロシアとは全く違う顔を持つソ連という国に生まれ変わったしまった、もう戻れない祖国になってしまった。でも、その祖国ロシアに対する気持ちは、離れていけばいくほど強くなっていったのでしょう。なにか、その狭間の中で葛藤する彼の姿が、この曲の激しい旋律に現れているような気がしてなりません。
第二楽章の、静かなピアノソロが、その望郷の感情を表わしているように思います。
第三楽章で、再びこの激しいメロディーが現れる。まさに二つの感情の中に揺れる彼の心の内が表現されているように思います。ちなみに、第三楽章のメロディーには、ロシア民謡を思わせる和音やリズムが随所にちりばめられています。

アシュケナージはこの曲を完璧に弾きこなします。彼はそれだけでなく、感情を程よくのせて演奏する。あまり感情をのせすぎるとくどい演奏になってしまう。でも淡々と弾いてしまうと人間味のない演奏になってしまう。アシュケナージはこの難しい二つの要素を見事に調和させて演奏しているように私は思います。それができるのは、アシュケナージがラフマニノフの作品の真髄を理解しているからでしょう。この二人には、なにか共通する、共感できる波長・感情があるのだと、私は思います。

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