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【週刊】Classic Music Salonへようこそ#10 ~イギリスが生んだクラシック作曲家エドワード・エルガー

みなさんこんにちは。三毛猫タマです。
久々の更新となります。
更新が滞り、申し訳ありませんでした。

さて、今回はイギリスの作曲家エドワード・エルガーについて、特に彼の作品の中でも著名な行進曲集『威風堂々』についてお話ししたいと思います。
まずは、エルガーについて、簡単にお話ししたいと思います。

エルガーは1857年6月2日ウスター近郊のブロードヒースで生まれました。父親は教会のオルガニストをやっていました。しかし経済上の理由から、専門的な勉強をする機会を得ることができなかった彼は、独学で作曲を学びました。また、ヴァイオリン教師として収入を得る傍ら、ロンドンに様々な音楽を聴きに行ったといいます。彼はその中で、シューマンやワーグナーといった作曲家の影響を受けることになります。
その後1889年にピアノの教え子だったキャロライン・アリス・ロバーツと結婚します。かの有名な「愛の挨拶」は、この時彼女との婚約に際して、彼がアリスのために作曲した曲です。結婚当時は、作曲家としては地元の合唱音楽祭のために作品を委嘱される程度だったが、夫人の多大な協力もあり徐々に作曲家として認められるようになります。そして1899年、ハンス・リヒターの指揮による「独創主題による変奏曲」(「エニグマ(謎)」変奏曲)の初演の大成功によってエルガーは英国中にその名を知られるようになりました。さらに翌1900年のオラトリオ「ゲロンティアスの夢」はドイツ初演で大成功を遂げ、作曲家リヒャルト・シュトラウスから賞賛されるなど、エルガーの名声はヨーロッパ中に広まりました。
そんな、作曲家としての名声をあげていた1901年に作曲したのが、今回お話しする行進曲「威風堂々」第1番です。あの有名なTrioのメロディーは、当時の王太子アルバート・エドワード(のちのエドワード7世)に大変気に入られ、「(Trioに)歌詞を付けたら偉大な曲になるだろう」と歌詞をつけるべきことをエルガーに示唆したほどでした。エルガーはこの提案を受けて、1902年のエドワード7世の戴冠式のための曲、『戴冠式頌歌(Coronation Ode)』の6番、終曲「希望と栄光の国」に「威風堂々」第1番の中間部の旋律を用いました。歌詞はイギリスの詩人アーサー・クリストファー・ベンソン(Arthur Christopher Benson)によって書かれています。 またエドワード7世の虫垂炎により、戴冠式が延期されたために、『戴冠式頌歌』の楽譜の刊行と初演が戴冠式の挙行と前後したのですが、楽譜刊行時に世間の好評を得た『戴冠式頌歌』を版元が独立した曲にするようにエルガーに提案したため、エルガーが別の曲として書き直し、ベンソンに新たに歌詞をつけさせたものが、イギリス第2の国家と言われる『希望と栄光の国(Land of Hope and Glory)』です。ちなみに、現在のイギリスにおいては、国威発揚的な愛国歌としての扱いを受け、BBCプロムスなどにおける演奏がBBCで放映される際には、歌曲の最初の部分においてエリザベス2世女王の映像が必ず流されることとなっています。 また、『女王陛下万歳』は連合王国(いわゆる我々の言うイギリス)国歌ですが、それとは別のイングランドの独自の国歌の必要性が議論されるとき、イングランド国歌の候補に『エルサレム』(18世紀イギリスの詩人ウィリアム・ブレイクの預言詩『ミルトン』(Milton)の序詩に、同国の作曲家サー・チャールズ・ヒューバート・パリーが1916年に曲をつけた合唱曲)などともに必ず挙げられる曲です。さらに、2006年のBBCによる調査によれば55%のイングランド公民が『希望と栄光の国』が『女王陛下万歳』よりイングランド国歌にふさわしいと考えているという結果が出されたそうです。どれだけこの曲がイングランド公民に愛されているのかがよくわかります。
その後、エルガーはオラトリオ「使徒たち」(1903年)、オラトリオ「神の国」(1906年)、交響曲第1番(1908年)、ヴァイオリン協奏曲(1910年)、交響曲第2番(1911年)、交響的習作「フォルスタッフ」(1913年)、チェロ協奏曲(1919年)といった傑作を次々と作曲し、名実共に英国楽壇の重鎮となります。1920年、夫人アリスの死去とともにいったん創作意欲を落とすものの1923年以降は徐々に作曲活動を再開。劇音楽「アーサー王」(1923年)、劇音楽「伊達男ブランメル」(散逸、メヌエットのみ知られる。1928年)、ブラス・バンドのための「セヴァーン川組曲」(1930年)、組曲「子ども部屋」(1931年)といった作品を手がけます。最晩年には交響曲第3番、歌劇「スペインの貴婦人」、ピアノ協奏曲といった大作に次々と着手しますが、いずれも未完成のまま1934年2月23日、大腸癌のためこの世を去ります。

そんなエルガーの代表作品の一つが行進曲集『威風堂々』(英語: Pomp and Circumstance )作品39です。
日本で一般的に「威風堂々」といった場合は第一版のみをさすことが多いですが、あの曲に「威風堂々」というタイトルが付けられているわけでなく、この行進曲集に収められている全5曲を「威風堂々」と呼びます。
原題"Pomp and Circumstance"は、シェイクスピアの戯曲『オセロ』第3幕第3場のセリフ"Pride, pomp and circumstance(誉れも、飾りも、立派さも(坪内逍遥訳))"から引用されたものです。pomp とは「壮麗、華麗」、circumstance とは「儀式張った、物々しい」といった意味合いであり、『威風堂々』という題名は名訳ではあるものの相当意訳されているものと考えられます。
第1番(ニ長調)は前述のとおりで、大変有名な曲です。
第2番(イ短調)は第1番と同じ1901年に作曲されました。非常にスケール感のある曲で、アルペジオが多用されているのが特徴的な曲です。
第3番(ハ短調)は1905年に作曲・初演されました。この曲は全5曲の中でも雰囲気の異なる曲で、あまり行進曲らしくない曲に感じます。前半部のホルンの旋律が印象的です。また中間部のTrioが前半部と大きく雰囲気を異にしており、その対比が非常に面白いと感じました。個人的には、芸術性の高い作品に仕上がっていると思います。
第4番(ト長調)は1907年に作曲・初演されました。ここで、曲の調が長調に戻っています。これもまた個性的な曲です。この曲の中間部は何かのCMで使用されたと管理人は記憶しています(どこのCMだったかは思い出せません・・・)。
第5番(ハ長調)は遅れて1930年に初演されました。この曲ですこしまた行進曲風に戻っています。中間部の流れるような美しいTrioが非常に印象的であり、他の4曲とはまた違った美しさ(行進曲のなかに芸術的な美しさをきれいに融合させた、均整された美しさ)を持っていると思います。この曲には、晩年のエルガーの芸術性の完成を垣間見ることができると思います。

イギリスという国は、欧州の各国の中においては、芸術界の著名人が少ない国です。しかし、有名な人物は欧州全体に大きな影響を与えた人物ばかりです。シェイクスピア、ヘンデル、ホルスト、コナン・ドイル、そしてエルガー。あまり接する機会のないイギリス芸術ですが、一歩足を踏み入れてみれば、そこにはとても個性的な世界が待っていると、私は思います。

※威風堂々の全5曲を以下のサイトで視聴することができます。(アカウント・ログイン必要)
 http://www.nicovideo.jp/watch/sm17248382 (ニコニコ動画)
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コメント

 《威風堂々》第1番のトリオから編曲された合唱曲がビートルズで有名なアビーロード・スタジオにおける録音第1号だそうですね。有名な曲ならではのエピソード。
2014-02-21 04:28 rocky dvorak #- URL [ 編集 ]

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