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【週刊】Classic Music Salonへようこそ#12 ~20世紀の古様式音楽の作曲家、レスピーギ

みなさんこんにちは。三毛猫タマです。
現在管理人は、所属するオーケストラの合宿の真っ最中で、今年記録的な大雪に見舞われた河口湖に来ております。
河口湖はめったに凍る湖ではないそうですが、私がきてからは凍った河口湖しか見てません!
異常気象の一端なのでしょうか?とにかく寒いです。

さて、今回の配信では、イタリアの作曲家レスピーギについてお話ししたいと思います。
オットリーノ・レスピーギは1879年にイタリアで生まれた作曲家です。「ローマ三部作」と呼ばれる一連の交響詩(すなわち《ローマの噴水(イタリア語: Fontane di Roma)》、《ローマの松(イタリア語: Pini di Roma)》、《ローマの祭り(イタリア語: Feste Romane)》)がとりわけ有名で、近代の作曲家でありながら、バロック音楽やルネサンス音楽の形式に基づいた曲を多く書いていることで知られています。

彼は若いころはヴァイオリン・ヴィオラ奏者として活躍しました。1910年にイタリアに帰国してから、彼は本格的に作曲活動を始め、自作のカンタータ《アレトゥーザ(イタリア語: Aretusa)》(1911年)のピアノ伴奏版の作成に熱心に打ち込みます。
彼が活躍した20世紀はいわゆる現代クラシックが主流の時代です。同年代に活躍した作曲家として挙げられるのが、フランス6人組と呼ばれる作曲家(ルイ・デュレ<Louis Durey, 1888年 - 1979年>,アルテュール・オネゲル<Arthur Honegger, 1892年 - 1955年>,ダリウス・ミヨー<Darius Milhaud, 1892年 - 1974年>,ジェルメーヌ・タイユフェール <Germaine Tailleferre, 1892年 - 1983年>,フランシス・プーランク<Francis Poulenc, 1899年 - 1963年>,ジョルジュ・オーリック<George Auric, 1899年 - 1983年>)やフランス印象派の代表的作曲家モーリス・ラヴェル(Joseph-Maurice Ravel, 1875年 - 1937年)がいます。しかし、レスピーギは彼らとは一線を画し、全く違う作風の作品を世に売り出していきます。
レスピーギの作風を端的に述べるのは難しいですが、強いて言うならば(多少の語弊がありますが)バロック音楽やルネサンス音楽の「再興」ということができるかと思います。というのも、レスピーギは作曲家である傍ら、音楽学者としての顔もあり、17世紀前後のイタリアの作曲家(ヴィヴァルディとか)の作品を研究していました。そのため、彼の作品が求めている楽器編成はバロック時代のそれと似ているところが多いのです。
しかし、レスピーギは単に「再興」したわけではありませんでした。彼はその古い時代の様式の音楽に当時の和声法やテクスチャーを取り入れたのです。ヨーロッパで広まりつつあったロマン主義の作風をバロック音楽にうまく組み入れ、「再興」したのです。wikipediaに非常にいい表現があるので、その言葉を借りれば、「イタリアのルネサンス音楽やバロック音楽を頼りに、『古様式で(イタリア語: in stilo antico)』作曲しようとして、古い音楽に新しい響きの衣をまとわせたり、古い音楽を利用したので」す。

今回ご紹介する曲はレスピーギの作品の中でもとりわけ有名な『リュートのための古風な舞曲とアリア』(Antiche danze ed arie per liuto)です。
この曲は3つの組曲から構成されていて、第一組曲・第二組曲はオーケストラ、第三組曲は弦楽合奏の編成で書かれています。とりわけ第三組曲の第三曲「シチリア―ナ」は大変有名です。
この曲は元々リュートという古典楽器のために16~17世紀に作曲されたもので、それをレスピーギがオーケストラ向けに編曲したものです。したがって、「リュートのための~」と題名にあるものの、この曲自体はリュートで演奏することはできません。

・第一組曲
 1. 小舞踏曲(Balletto)(シモーネ・モリナーロの作品「オルランド伯爵」による)ニ長調 4/4拍子
   序曲的な香りのする曲です。この曲では通奏低音が編成として組み込まれています。これにロマン派的な音色が響く、非常におもしろいサウンドが聞こえてきます。
2. ガリアルダ(Gagliarda)(ヴィンチェンツォ・ガリレイの作品による)ニ長調 3/4拍子
  個人的には、第一組曲の中では一番好きな曲です。前半部はいかにもバロックらしい曲なのに、突然中間部で東洋的な曲想に変化し、そして最後はまた前半部が再現される。バロック時代にはつくれなかったであろうこのサウンドの変化・融合がくせになる曲だと、私は思います。
3. ヴィラネッラ(Villanella)(16世紀末の作者不明の曲による)ロ短調 2/4拍子
  女神がリュートを奏でる姿が目に浮かぶような雰囲気の曲です。オーボエやフルートが奏でるメロディーが大変美しい、まさに短調の何とも言えない清流のような透明感のあるきれいな曲です。
4. 酔った歩みと仮面舞踏会(Passo mezzo e Mascherada)(16世紀末の作者不明の曲による)ニ長調 2/4拍子
  題名からもわかる通り、陽気な雰囲気の曲です。この曲ではトランペットの使用が目立ちます。後半部の、メロディーが様々なパートに素早く移っていく曲の作りは、ロマン派の作曲家らしい曲想ではないでしょうか。
・第二組曲
 1.優雅なラウラ(Laura soave)(ガリアルダ風小舞踏曲、サルタレッロとカナリオ)(ファブリツィオ・カロージョの作品による)ニ長調 2/4拍子
  ヨーロッパの田園風景の中から聞こえてきそうな舞曲です。
2.田園舞曲(Danza rustica)(ジャン・バティスト・ベサールの作品による)ホ長調 2/2拍子
  秋のヨーロッパで行われる、村の収穫祭で聞こえてきそうな曲です。後半部の対旋律の置き方はロマン派の作曲家らしい部分です。
3.パリの鐘(Campanae parisienses)(中間部のアリアはマラン・メルセヌの作品による)ハ長調 4/4拍子
  ゆったりとした曲。夕日に染まる教会の鐘の絵が目に浮かぶような美しい曲です。
4.ベルガマスカ(Bergamasca)(ベルナルド・ジャノンチェッリの作品による)ニ長調 2/2拍子
  メロディーが現代的で耳に残る旋律です。その特徴的な旋律を、様々な楽器が受け継いで奏でます。中間部は木管のきれいなSoliになっています。こうゆう楽器の使い方はレスピーギならではだと思います。
・第三組曲
 1.イタリアーナ(Italiana)(16世紀末の作者不明の曲による)変ホ長調 3/4拍子
  繊細な美しさを持つ曲です。ミュートをかけた音色はバロック時代にはなく、20世紀だから出来上がった音色です。
2.宮廷のアリア(Arie di corte)(ジャン・バティスト・ベサールの作品による)ト短調 3/4拍子
 荘厳な響きを持つ曲。中間部はこれと対をなす明るい軽やかな曲調で、この対比を楽しめる一曲です。後半部はコラールにも聞こえる神聖な響きが表現されています。
3.シチリアーナ(Siciliana)(16世紀末の作者不明の曲による)ハ短調 3/4拍子
 全組曲中もっとも有名な曲。短調の絶妙な美しさが見事に表現された一曲。イタリアバロック音楽らしい曲で、一つのメロディーの背後で奏でれる伴奏が変化していく作りになっています。
4.パッサカリア(Passacaglia)(ルドヴィコ・ロンカッリの曲による)ト短調 3/4拍子
 同じ短調でも、この曲では短調の持つ暗さが全面に表現されている曲です。オルガン曲のような作りになっていて、一つのメロディーが、様々な音域の楽器によって奏でられます。

この曲はレスピーギがサンタ・チェチーリア音楽院教授を務めていた頃、同図書館で古い時代の楽譜を色々と研究した成果が基となっています。まさに、音楽学者としての研究の成果が、この曲に表わされているのです。

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【週刊】Classic Music Salonへようこそ#11 ~アシュケナージが描くラフマニノフ①<ピアノ協奏曲第4番作品40

みなさんこんにちは。名探偵コナンの劇場版「異次元の狙撃手(スナイパー)」が待ち遠しい三毛猫タマです。
今日は、今回の冬季オリンピックが行われたロシアが生んだピアニスト、ウラディーミル・アシュケナージについて、お話ししたいと思います。

さて、みなさんはアシュケナージというピアニストをご存知でしょうか?
彼はロシア出身の世界的ピアニストで、現在は主に指揮者として活動しています。スイスにある自宅に和室を作ったほどの親日家として知られ、2004年~2007年までNHK交響楽団の音楽監督を務め(現在は桂冠指揮者)、在任期間中に大河ドラマ「義経」「功名が辻」のサントラの指揮も担当しました。
そんな、日本にゆかりの深いアシュケナージ。彼はラフマニノフへの思い入れが深く、現在ラフマニノフ協会の会長を務めています。彼が演奏するラフマニノフのピアノ協奏曲への評価は高く、名演と言われるものも多くあります。

ロシアの貴族階級の一家に生まれたラフマニノフは、1917年12月のロシアのボリシェヴィキ政権が成立した十月革命の際、ロンドンへ亡命をしています。ラフマニノフはその後祖国に戻ることなくこの世を去ります。アシュケナージも、1963年にロンドンへ移住した際、ソ連の公式記録からその名を抹消されました。当時のソ連はアメリカと冷戦を繰り広げており、西側陣営であったイギリスへ出国する行為そのものがソ連に対する裏切り行為とみなされたのです。このように、2人とも、祖国からその存在を消されてしまった経験をしているのです。この経験が、アシュケナージがラフマニノフの作品に思い入れするようになったきっかけになったのかもしれないと、私は思います。

今回は、そんなアシュケナージがソリストとして録音した、ラフマニノフ作曲のピアノ協奏曲第4番作品40を紹介したいと思います。
この曲はラフマニノフがロシアから亡命した後に書かれた、数少ない作品です。ラフマニノフは1917年のロシア亡命後、作曲意欲を失い、しばらくは作品を書くことをしませんでした。この作品も1914年に曲のスケッチを作成したものの、すぐには楽曲の形になることはありませんでした。しかし、ニコライ・メトネルのすすめでアメリカ各地を演奏旅行中の1924年から本曲の創作を再開し、フランス滞在中の1926年に完成させました。この曲の初演後、ラフマニノフは曲が長すぎると考え、第三楽章を中心に大幅な改訂を行います。その後も、何度も曲を改訂し、最終稿が出版されたのは彼の死後の、1944年のことでした。現在演奏されているのはこの最終稿の譜面です。

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今回私が聞いているCDはハイティンク率いるコンセルトヘボウとの共演で録音したもので、これは名盤と言われれいるCDの一つです。第4番は第2番と比べると知名度が低いですが、この曲も大変演奏の難しい曲です。
第一楽章でドラマティックに曲がはじまります。これはこの曲全体を通していえることですが、他3曲のピアノ協奏曲と比べて、この第4番はたいへん激しい旋律が多いということです。なにか激動にもまれるような、というよりは、激しく感情が揺れる様子が表現されているように思います。亡命し祖国を後にする。今では革命が成功し、ロシアが自分が生まれ育ったロシアとは全く違う顔を持つソ連という国に生まれ変わったしまった、もう戻れない祖国になってしまった。でも、その祖国ロシアに対する気持ちは、離れていけばいくほど強くなっていったのでしょう。なにか、その狭間の中で葛藤する彼の姿が、この曲の激しい旋律に現れているような気がしてなりません。
第二楽章の、静かなピアノソロが、その望郷の感情を表わしているように思います。
第三楽章で、再びこの激しいメロディーが現れる。まさに二つの感情の中に揺れる彼の心の内が表現されているように思います。ちなみに、第三楽章のメロディーには、ロシア民謡を思わせる和音やリズムが随所にちりばめられています。

アシュケナージはこの曲を完璧に弾きこなします。彼はそれだけでなく、感情を程よくのせて演奏する。あまり感情をのせすぎるとくどい演奏になってしまう。でも淡々と弾いてしまうと人間味のない演奏になってしまう。アシュケナージはこの難しい二つの要素を見事に調和させて演奏しているように私は思います。それができるのは、アシュケナージがラフマニノフの作品の真髄を理解しているからでしょう。この二人には、なにか共通する、共感できる波長・感情があるのだと、私は思います。

【週刊】Classic Music Salonへようこそ#10 ~イギリスが生んだクラシック作曲家エドワード・エルガー

みなさんこんにちは。三毛猫タマです。
久々の更新となります。
更新が滞り、申し訳ありませんでした。

さて、今回はイギリスの作曲家エドワード・エルガーについて、特に彼の作品の中でも著名な行進曲集『威風堂々』についてお話ししたいと思います。
まずは、エルガーについて、簡単にお話ししたいと思います。

エルガーは1857年6月2日ウスター近郊のブロードヒースで生まれました。父親は教会のオルガニストをやっていました。しかし経済上の理由から、専門的な勉強をする機会を得ることができなかった彼は、独学で作曲を学びました。また、ヴァイオリン教師として収入を得る傍ら、ロンドンに様々な音楽を聴きに行ったといいます。彼はその中で、シューマンやワーグナーといった作曲家の影響を受けることになります。
その後1889年にピアノの教え子だったキャロライン・アリス・ロバーツと結婚します。かの有名な「愛の挨拶」は、この時彼女との婚約に際して、彼がアリスのために作曲した曲です。結婚当時は、作曲家としては地元の合唱音楽祭のために作品を委嘱される程度だったが、夫人の多大な協力もあり徐々に作曲家として認められるようになります。そして1899年、ハンス・リヒターの指揮による「独創主題による変奏曲」(「エニグマ(謎)」変奏曲)の初演の大成功によってエルガーは英国中にその名を知られるようになりました。さらに翌1900年のオラトリオ「ゲロンティアスの夢」はドイツ初演で大成功を遂げ、作曲家リヒャルト・シュトラウスから賞賛されるなど、エルガーの名声はヨーロッパ中に広まりました。
そんな、作曲家としての名声をあげていた1901年に作曲したのが、今回お話しする行進曲「威風堂々」第1番です。あの有名なTrioのメロディーは、当時の王太子アルバート・エドワード(のちのエドワード7世)に大変気に入られ、「(Trioに)歌詞を付けたら偉大な曲になるだろう」と歌詞をつけるべきことをエルガーに示唆したほどでした。エルガーはこの提案を受けて、1902年のエドワード7世の戴冠式のための曲、『戴冠式頌歌(Coronation Ode)』の6番、終曲「希望と栄光の国」に「威風堂々」第1番の中間部の旋律を用いました。歌詞はイギリスの詩人アーサー・クリストファー・ベンソン(Arthur Christopher Benson)によって書かれています。 またエドワード7世の虫垂炎により、戴冠式が延期されたために、『戴冠式頌歌』の楽譜の刊行と初演が戴冠式の挙行と前後したのですが、楽譜刊行時に世間の好評を得た『戴冠式頌歌』を版元が独立した曲にするようにエルガーに提案したため、エルガーが別の曲として書き直し、ベンソンに新たに歌詞をつけさせたものが、イギリス第2の国家と言われる『希望と栄光の国(Land of Hope and Glory)』です。ちなみに、現在のイギリスにおいては、国威発揚的な愛国歌としての扱いを受け、BBCプロムスなどにおける演奏がBBCで放映される際には、歌曲の最初の部分においてエリザベス2世女王の映像が必ず流されることとなっています。 また、『女王陛下万歳』は連合王国(いわゆる我々の言うイギリス)国歌ですが、それとは別のイングランドの独自の国歌の必要性が議論されるとき、イングランド国歌の候補に『エルサレム』(18世紀イギリスの詩人ウィリアム・ブレイクの預言詩『ミルトン』(Milton)の序詩に、同国の作曲家サー・チャールズ・ヒューバート・パリーが1916年に曲をつけた合唱曲)などともに必ず挙げられる曲です。さらに、2006年のBBCによる調査によれば55%のイングランド公民が『希望と栄光の国』が『女王陛下万歳』よりイングランド国歌にふさわしいと考えているという結果が出されたそうです。どれだけこの曲がイングランド公民に愛されているのかがよくわかります。
その後、エルガーはオラトリオ「使徒たち」(1903年)、オラトリオ「神の国」(1906年)、交響曲第1番(1908年)、ヴァイオリン協奏曲(1910年)、交響曲第2番(1911年)、交響的習作「フォルスタッフ」(1913年)、チェロ協奏曲(1919年)といった傑作を次々と作曲し、名実共に英国楽壇の重鎮となります。1920年、夫人アリスの死去とともにいったん創作意欲を落とすものの1923年以降は徐々に作曲活動を再開。劇音楽「アーサー王」(1923年)、劇音楽「伊達男ブランメル」(散逸、メヌエットのみ知られる。1928年)、ブラス・バンドのための「セヴァーン川組曲」(1930年)、組曲「子ども部屋」(1931年)といった作品を手がけます。最晩年には交響曲第3番、歌劇「スペインの貴婦人」、ピアノ協奏曲といった大作に次々と着手しますが、いずれも未完成のまま1934年2月23日、大腸癌のためこの世を去ります。

そんなエルガーの代表作品の一つが行進曲集『威風堂々』(英語: Pomp and Circumstance )作品39です。
日本で一般的に「威風堂々」といった場合は第一版のみをさすことが多いですが、あの曲に「威風堂々」というタイトルが付けられているわけでなく、この行進曲集に収められている全5曲を「威風堂々」と呼びます。
原題"Pomp and Circumstance"は、シェイクスピアの戯曲『オセロ』第3幕第3場のセリフ"Pride, pomp and circumstance(誉れも、飾りも、立派さも(坪内逍遥訳))"から引用されたものです。pomp とは「壮麗、華麗」、circumstance とは「儀式張った、物々しい」といった意味合いであり、『威風堂々』という題名は名訳ではあるものの相当意訳されているものと考えられます。
第1番(ニ長調)は前述のとおりで、大変有名な曲です。
第2番(イ短調)は第1番と同じ1901年に作曲されました。非常にスケール感のある曲で、アルペジオが多用されているのが特徴的な曲です。
第3番(ハ短調)は1905年に作曲・初演されました。この曲は全5曲の中でも雰囲気の異なる曲で、あまり行進曲らしくない曲に感じます。前半部のホルンの旋律が印象的です。また中間部のTrioが前半部と大きく雰囲気を異にしており、その対比が非常に面白いと感じました。個人的には、芸術性の高い作品に仕上がっていると思います。
第4番(ト長調)は1907年に作曲・初演されました。ここで、曲の調が長調に戻っています。これもまた個性的な曲です。この曲の中間部は何かのCMで使用されたと管理人は記憶しています(どこのCMだったかは思い出せません・・・)。
第5番(ハ長調)は遅れて1930年に初演されました。この曲ですこしまた行進曲風に戻っています。中間部の流れるような美しいTrioが非常に印象的であり、他の4曲とはまた違った美しさ(行進曲のなかに芸術的な美しさをきれいに融合させた、均整された美しさ)を持っていると思います。この曲には、晩年のエルガーの芸術性の完成を垣間見ることができると思います。

イギリスという国は、欧州の各国の中においては、芸術界の著名人が少ない国です。しかし、有名な人物は欧州全体に大きな影響を与えた人物ばかりです。シェイクスピア、ヘンデル、ホルスト、コナン・ドイル、そしてエルガー。あまり接する機会のないイギリス芸術ですが、一歩足を踏み入れてみれば、そこにはとても個性的な世界が待っていると、私は思います。

※威風堂々の全5曲を以下のサイトで視聴することができます。(アカウント・ログイン必要)
 http://www.nicovideo.jp/watch/sm17248382 (ニコニコ動画)

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