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ヴィオラ会の三毛猫タマ

Author:ヴィオラ会の三毛猫タマ
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Classic Music Salon通信 特別編#1<吹奏楽編>

みなさんこんばんは。三毛猫タマです。
台風が過ぎ去り、ぐっと秋が近づいた今日この頃でございます。風邪などひかれていませんか?

私は今頭痛に苦しめられています。持病の偏頭痛が今日は絶好調!らしく、電車の中でめまいを感じました。こうゆうときは頭痛薬も効かないのでほんとつらいです。

この前、(自分の記憶が正しければ)はじめてお話をした友達(女子です。同期なのに4月から10月の間にちゃんと会話していなかった自分に正直なところ驚きました)と話していました。その時、彼女は課題に追われていた話をしており、私が「それは疲れたでしょ」というと別の友人が「こいつ(私のことです)とまともに会話が成立しているんだから相当疲れているんだよ」と言ってきました。「あのね~、私は一応人間ですから。変人であることを否定する気は微塵もないけどまともに相手ができないほど常軌を逸した人間ではありません!」と心の中で叫びたくなりました。私はそんなに変わっているのでしょうか?でも会話しにくい人間であることは否定できんか。(と認められる自分に悲しくなります・・・)

さて、前置きはこのぐらいにして。
タイトルを見てあれ?と思った方いらっしゃるかもしれません。「次回はN響の定期公演についてかくんとちゃうの?」はい。そう予告しました。しかし、私のPCに入っているオンラインでラジオを録音するソフトにエラーが発生し、録音に失敗しました。というわけでそのネタは没となってしまいました。申し訳ありません。

今回は特別編第一回ということで、オケに入団するまでの7年間、私が向き合ってきた吹奏楽の世界についてお話ししたいと思います。テーマは「吹奏楽のジブリワールド!」

吹奏楽の中でもジブリの音楽は大変人気があります。人によって好みは変わってきますが、私は風の谷のナウシカ、ハウルの動く城、もののけ姫、となりのトトロといったところでしょうか。
吹奏楽をされていた方はご存知かと思いますが、ハウルの動く城に関しては、ヤマハから出版されているNew Sounds in Brassシリーズの編曲が一番好きです。2005年のシリーズから出版されています。

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(アマゾンのサイトより)

コルネットの幻想的なソロから始まり、日が差し込むように人生のメリーゴーランドのメロディーが、ゆったりと奏でられる、幻想的な編曲となっています。自分はこの曲を演奏したことがあります(ヴィオラをやる前はフルートをやっていました)。この幻想的な世界を表現するのはなかなか至難の業でした。その時、こうゆう世界を表現するのが、こんなにも難しいのだなと思ったのを覚えています。

もののけ姫は久石譲自身が編曲した「交響組曲 もののけ姫」が好きです。もののけ姫はジブリ映画の中でも私が映画自体を見たことのある作品のひとつで(あと見たことのある作品は千と千尋の神隠しだけです)、やはり彼自身が編曲したこともあってか、その世界観をどんぴしゃりで描いているように思います。
風の谷のナウシカも同様に交響組曲が出版されています。3章に分かれています。こちらもきれいな編曲です。ただ、自分が風の谷のナウシカを見たことがないので、ナウシカの世界をいまいちとらえきれておらず、ただ、美しいだけで終わっているのが現状です。

吹奏楽の面白いところは、かなりクラシックな曲からポップな曲まで、オールラウンドで演奏できるところです。実際、モーツァルトの曲も吹奏楽にアレンジされており、そのアレンジもまた魅力的に仕上がっています。これらジブリの作品も、もともとはオーケストラ向けに書かれたものであり、これを編曲家の方々によって吹奏楽向けに書き直されたものです。編曲家の方もまたとても上手に編曲されており、それぞれの楽器の特性・音色を熟知されたうえで編曲しているため、基本的に無理な演奏が要求されることはないように感じます(もちろんテクニックは必要ですが)。

ジブリの音楽(さらに久石氏が書く音楽)は独特の美しさを持っているように思います。ただただ美しいだけではない。その美しさを際立だせる周りの背景・物の存在を否定しない美しさ。もっといえばそれらがないと美しさが成り立たないのではないかと思わせる美しさを表現しているように思います。純粋な美しさも美しい。しかし現実世界において、純な美しさは早々存在しない。だったら全部ひっくるめて美しいでいいではないか。彼の音楽からはそんなメッセージが発せられている気がします。
吹奏楽の話題からすこし離れてしまいますが、久石氏がかいた「Oriental Wind」という曲はそうゆう曲な気がします。バックでやっているヴァイオリンの刻み。決して美しいメロディーではない。しかしこの刻みがあることでピアノやチェロの奏でるメロディーの美しさが際立つ。久石氏の描く美しさはこうゆう美しさなのかな、と思います。

日本においては吹奏楽の立ち位置はクラシックの次、クラシックよりは大衆向け、といった感じですが、欧米(特にアメリカ)では吹奏楽はクラシックと並ぶほどの人気がある音楽分野です。日本よりも吹奏楽は活発に演奏されているようです。小さいころからオーケストラやクラシックをされていた人の中には吹奏楽に少し抵抗がある人もいるようです。しかし、音楽というジャンルにおいて、どの分野間にも敷居はないはず。すべて同じ音楽です。吹奏楽には吹奏楽独自の美しさがある。ジブリの音楽はオーケストラの演奏も、ブラスバンドの演奏もたくさんある数少ない音楽だと思います。また、ジブリ音楽において吹奏楽独自の美しさが際立っていると個人的には思います。

吹奏楽でしか表現できない、“生の”息遣い。息を吸わなければ絶対に演奏できない音楽。人間の生の息が楽器を通すことによって美しい旋律となる。人間の思いが直接楽器に伝わり、その思いを楽器が受け取り、奏でる美しい、人間味のあるあったかいメロディー。是非、そんな吹奏楽の美しさをジブリの幻想的な世界の中で感じていただければと思います。

ではまた次回の配信でお会いしましょう。

Written by サロンオーナー 三毛猫タマ
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【週刊】Classic Music Salon通信 #3~ヴァイオリンコンチェルトの魅力<チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲ニ長調>

みなさんこんばんは。最近のハロウィン騒ぎに嫌気がさしている全日本ハロウィン撲滅協会(架空)会長のタマです。日本人は正しいハロウィンを知っているのでしょうか?

どうでもいい話ですが、先週の土曜日、オケの練習があったのですが、練習が終わり控室から撤収する作業をしている時、同じ学年の女の子の友達がスマホの画面をみながらお化粧直しをしていました。私は頭の古い人間なので、「電車でよくいる、暗い携帯画面を鏡代わりにしてお化粧しているパターンか」と思い、彼女に聞いてみると「ちがうよ。スマホに内蔵されているカメラで写しているんだよ」と言われました。彼女の説明によると、どうも最近の携帯には画面を見ながら自分を写すことのできるカメラがあり、そのカメラから写した映像を用いてスマホが鏡のようになるアプリを使用していたそうです。また、そのアプリではオプションで他人から見た自分(第三者目線の自分)を写す機能があるらしく、客観的視点で自分の身だしなみなどをチェックできるんだとか。最近の機械はすげーなーと思いました(ドラえもんの秘密道具になりそうな機能を備えたものたくさんありますからね。ドラえもんの世界は、今や現実になりつつありますから)。

さて、スマホなんて縁もゆかりもない19世紀の作曲家チャイコフスキーが書いたヴァイオリン協奏曲が今回のお題でございます。
私がこの曲を初めて聞いたのは生後10日ほどたった、ある晩のおむつ交換の時でした(当然のことながら当の本人は全く覚えておりません)。もしかしたら、私が初めて聞いたクラシックかもしれません。そのせいか、私はこの曲が非常に大好きです。
私が所有しているCDはヤッシャ・ハイフェッツのソロ、フリッツ・ライナーの指揮、シカゴ交響楽団の演奏(1957/04/19 録音 Orchestra Hall, Chicago)です。

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(アマゾンのサイトより、CDジャケットの写真)

ハイフェッツは1901年生まれのリトアニア出身の天才ヴァイオリニストです。“ヴァイオリニストの王”何て呼ばれていたんだとか。クラシック好きの人なら皆さんご存知でしょう。
彼のヴァイオリンの音色は、高音部に達してもキーンとしない、丸みを帯びた柔らかい音色に聞こえます。でもどこか鋭く、緊張感のある旋律を奏でます。あと、ヴィブラートが美しい。イメージとしては波形の広がりがあまりない、波の高さのない音の広がりです。おそらく、一般的なヴィブラートよりも指の動きが速いのでしょう。私がしつこいヴィブラートが嫌いな所以はここにあるのかもしれません(しつこいヴィブラートを聞くとだんだんイライラしてくるんです)。
そして、彼はなによりも技術がすごい。これだけの難曲を、ハイペースなテンポで弾きこなすのです。特にこの曲と、一緒に収録されているメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲、両曲の第三楽章は圧巻です。

さて、皆さんはこの曲にまつわるちょっとしたエピソードがあるのをご存知ですか?
チャイコフスキーは1878年にこの曲を作曲しましたが(作曲に費やした時間はたったの一か月だったんだとか)、この曲の初演のソリストとして、当時ロシアで最も偉大なヴァイオリニストとされていたペテルブルク音楽院教授レオポルト・アウアーに送ったのですが、アウアーは演奏不可能として初演の演奏依頼を拒否しました。最終的にライプツィヒ音楽院教授となったロシア人ヴァイオリニストのアドルフ・ブロツキーの独奏、ハンス・リヒター指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で、1881年12月4日に初演が行われたのですが、演奏者がこの曲のことを理解せずに演奏したため、評価は燦燦たるものでした。しかし、ソリストを務めたアドルフ・ブロツキーは自身の演奏会でこの曲を演奏、そうしていくうちに評価を得るようになりました。最初は演奏を拒否していたアウアーも、後に演奏するようになり、弟子のエフレム・ジンバリスト、ヤッシャ・ハイフェッツ(そう、彼はアウアーから直々にこの曲を教わったのです!!)、ミッシャ・エルマンなどにこの作品を教え、彼らが名演奏を繰り広げることで、4大ヴァイオリン協奏曲と呼ばれるまでに評価が高まったのです。

チャイコフスキーの楽曲にはロシア民謡の要素が加わっていることが多い。この曲もそうです。旋律のあちこちで「お、ロシア民謡か」と思わせる音階やコード進行があるように思います(私だけか?)。第一楽章のゆったりとしたメロディーも、ハイフェッツのヴァイオリンになきが入っているためか、ロシア民謡にあるどくとくの哀愁感を感じます。
この曲を聴いて思い浮かべるのはロシア(とはいってもシベリアではなく、モスクワあたりのロシアです)の冬の光景です。モスクワの町を歩いている時、身をさすような鋭い風が吹く、しかし、どこかその風の中には人のやさしさ、街を歩く人から発せられる人間味を含んだ暖かさを感じる。でもやっぱり寒い!「早く帰って暖房にあたろ~よ~」とお母さんに話す子供の声が聞こえてきそうな光景を思い浮かべます(伝わりにくいですね。私の文章力のなさのせいです。ごめんなさい)。とくに第一楽章の、たま~に聞こえるフルートの音色は、まるでふっと感じる太陽の温かさのように、ほっとするメロディーです。

書いていて思いますが、やはりチャイコフスキーの楽曲はどれも繊細で表情豊かです。私はそんな美しいチャイコフスキーの旋律が大好きです。やっぱりいいな~、スラヴのクラシックは!

ブラボー、チャイコフスキー!ブラボー、ハイフェッツ!!

※次回はNHK交響楽団の第1765回定期公演について書きたいと思います。配信は26か27日を予定しています。この演奏会の模様は25日(金)NHK-FMにて夜7時から生中継で放送されます。興味のあるかたはぜひ聞いてみてください。

★二つの台風が日本に接近中です。しかもかなり勢力が強い。最悪、関東地方には2つ同時に接近する恐れがあるようです。伊豆大島で大変な災害が起きたばかりです。災害はいつ起きるかわかりません。このブログをお読みの皆さんも、絶対に油断しないよう、そして災害に巻き込まれないよう、注意してください。油断は禁物です!

Written by サロンオーナー 三毛猫タマ

【週刊】Classic Music Salon通信 #2 ~雄大たるスラヴの調べ<ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番>

皆さんこんにちは。三毛猫タマです。
今日は私が今必死に練習しているこの曲について書こうと思います。

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番ハ短調 作品18
言わずと知れた、名曲中の名曲です。
作曲されたのは1900年。ラフマニノフが交響曲第1番の初演に失敗し、挫折した後の、作曲家ラフマニノフの復活の曲です。
この曲のメロディーは華やかというよりも、地の底から何かが湧き立つような、かなりエネルギッシュなもののように感じられます。そんな底力のある1・3楽章に対して、あの2楽章の透き通るような繊細で美しいメロディ。一つの曲の中で、これだけ対照的な雰囲気を出している曲はあまりないように感じます。

私が思うこの曲の特徴は、なんといっても楽曲の音域が広いことです。イメージとしてはピアノの88鍵をフルで使っているような、まるでスラヴの広大な大地を思わせる広くて奥行きのあるメロディー。実際にスコアを見てみると上から下まで幅広い音域になっていることがわかります。この音域の広さが、この曲の雄大さを演出しているのではないでしょうか。

ラフマニノフ自身もピアニストでした。彼はかなり手の大きいピアニストだったそうで、指を広げただけで1オクターブ半は軽く広がったそうです。ゆえにラフマニノフのピアノ曲はかなり高度な技術を要求されます。
私は、彼のこの技術の高さが、広い音域を用いた曲の展開、という発想を可能にしたように思います。人間やっぱり「これができるのなら、こうしてみようかな」と思うものです。音域を広げることでこんな表現ができるんだ、ということを自分で感じることができたラフマニノフなら間違いなく思ったはずです。

これはあくまで私の主観的な感覚ですが、スラヴ系の作曲家が生み出した音楽は共通して、メロディーが雄大に感じます。広がりと奥行きのある、壮大なメロディー。ロシアという国は非常に広い国です。その広さゆえゆったりと流れる大河のように時が流れ、奥深い風を感じられる土地。そのゆったりと奥深い風がすべてを包み込んでいく。これが私が、ラフマニノフやほかのスラヴ系の音楽家の曲を聴いて抱いたロシアのイメージです(いったことがないので実際のところはどうなのかわかりかねますが)。

ラフマニノフが何を考えてこの曲を書いたのかはわかりません。でも私はこの曲を作曲した時に、彼自身の中で何かが変わったのだと思います。彼は高い技術をもったピアニストです。その技術を披露するような高度な技を要求する曲を書くこともできたはずです。しかし、この曲は、高い技術を要求するけれど、それだけではない何かが一緒になっている気がするのです。その何かが、この曲の雄大で奥行きのある雰囲気を演出し、多くの人々に響く名曲に仕上げたのだと思います。その何かの必要性を、ラフマニノフは挫折の中で学んだのでしょう。

この曲の第一楽章は2・3楽章を完成させた後に書いたそうです。私はこのことを知った時に思いました。だから演奏するのは第一楽章が一番難しいのだな、と。この楽章には技術だけではなく、思いが乗っていないと完成しないのです。ラフマニノフが感じた何かとは何なのか。最近の私はその何かを求めながら練習する日々を過ごしています。

Written By サロンオーナー 三毛猫タマ

【週刊(いちおう)】Classic Music Salon通信 #1

Classic Music Salonへようこそ!当サロンオーナーの三毛猫タマです。
このサロンは主にクラシック音楽を中心とした、音楽について語らおうということを目的に2013年10月17日にオープンいたしました。
話題の中心はクラシック音楽ですが、吹奏楽の話題やジャズの話題も「Classic Music Salon通信<特別編>」という形で配信していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。

クラシックというとなにかお堅いイメージをお持ちの方、いらっしゃると思います。しかし、クラシック音楽だって、16世紀~19世紀ごろまでは時代の最先端を行く音楽だったんです。その時代の人から見れば今のJ-POPと何ら変わりありません。是非、そんな気軽な気持ちでクラシックと接していただければと思います。

また、ここでオーナーが述べる解釈論はあくまで私の意見です。ましてや私は素人ですから、その考えが正しいなんてことはあり得ません。ぜひ「自分はこう思う」というのがあればどんどんコメントしてください。私も多くの人の意見を聞いて勉強していきたいと思います。

週刊、と宣言してしまったので週に一回は配信したいと思いますが、もしかしたらそうならないかもしれません。その時はお許しください。

では、今後ともよろしくお願いいたします。

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